子猫ちゃんの火葬でした

寄付品のほんの一部

今日は子猫ちゃんの火葬でした。

まだ小さい短い命でした。

生後2ヶ月ほどなので、お骨はとても小さくて薄くてもろくて切なくなります。

この子はどうして産まれてきたのだろう。

短い間でどんな事があって、どんな風な気持ちで過ごして、最期はどんな思いだったんだろう。

考えれば考えるほど悲しくなります。

でもよく考えたら、この気持ちはどれだけ長生きしてくれた命にも思う事です。

この子はどんな一生だったんだろう。

楽しい事やつらい事、嬉しい事や苦しい事、最期はどんな気持ちだったんだろう。

そして置いていかれた家族は、もっとこうすれば良かったとか、こうするべきではなかったとか、そもそもどうすれば良かったのか?色々な思いがぐるぐると胸を苦しくなります。

私自身も2年前に看取ったクロネコのクロちゃんの事はいまだに頭から離れず、後悔やら色んな気持ちが渦巻いて、最期の瞬間がまるで昨日の事のように思い出されます。

亡くなってから少しの間お別れの時を過ごして、そしめ火葬してお骨を拾うと、不思議とほんの少しだけ気持ちに整理がつくような気がします。お骨を拾うというのは、家族として最後にしてあげられる数少ない事のひとつです。小さいお骨をひとつひとつ拾うと、ひたすらに悲しい気持ちだけだったものから、本当にもう天に行ってしまったんだなぁ、と漠然とした気持ちになります。

私は自分のペットが亡くなった時『うちの子があんまりつらそうだったから、もう頑張らなくてもいいよ。こっちにおいでって天に呼ばれたんだ。よく頑張ったね。もう苦しくないね。もう痛くないね。』っていう言葉を自分に言い聞かせたりします。

ペットロスを乗り越える方法は一つではないと思います。ただひとつだけ言える事は、みんな言わないだけでペットを亡くしていつまでも悲しんだり悩んだり涙してる人って他にも意外とたくさんいるんですよ。自分だけじゃないんですよ。ってこのお仕事しているとつくづくそう思います。

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